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あやたん誕生~NICU退院

カンガルーのお花見

3月31日 日曜日

恒例のカンガルーの親子のお花見会。

天気予報が傘マークがついたりしてドキドキものでしたが、程よい曇り空というお天気に恵まれました。

詳しい様子はカンガルーブログをどうぞ。

事前の連絡で、今年は20組を超えるご家族の予定があり、学生ボランティアを含め80名を超す大きな集まり。

とにかく無事故で一日が終わることがママの一番の任務。

今年は移動支援であやたんをヘルパーさんにお任せし、パパも広い公園全体を常に見渡してもらい子供たちの安全確保に努めてもらいました。

いつも居宅介護で来てくださるあやたんも大好きなヘルパーさんなので安心です。

ヘルパーさん、学生ボランティアさんに相手をしてもらって、今年は外でいっぱい過ごせたあやたんです。

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にいたんも自由を満喫。会発足当時からのスタッフの仲良し兄弟くんたちと駆けまわり、小さな子の相手をし、ちょっぴり大人風を吹かせ配膳のお手伝いと「いや、僕はここで食べる」と豚汁を作る大釜の近くで食事をしたり。

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午後はゆきちゃんがKidWalkという歩行器、あやたんがハートウォーカーに乗りお散歩。

お嬢さんの歩行器を考えているご両親も興味津々。

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芝生は歩きにくそうでしたが、車道はずいぶん早く歩きました。

桜吹雪が舞い散る中のお散歩。うん、春らしい・・・。

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でも、この日の気分はハートウォーカーではなかったようで、ご本人はかなりすごい泣き顔。

「にいたんとまったりと遊んでいるほうが好きなのよ!」ってとこでしょうか??

P1070318a

カンガルー倉庫に物品を戻して無事に一日が終わり、さすがに精根尽き果てました。

H24年度の全行事、すべて終了!!!

怒涛の3月も無事に終わりました。

退院、そしてお家

5月15日 (生181日目)

退院時の体重2512g

記念すべきあやたんの退院。

だから、にいたんも幼稚園を休ませて、家族揃って朝一番、病院にお迎えに行く。

大学病院には、たくさんの植栽がある。

まだ枯れ葉の季節から、梅が咲き、桜が咲き、今はさつきの季節・・・。

いくつもの季節が過ぎ去り、半年たった待ちに待った「今日」という日。

にいたんは面談室で待機。

ばあちゃんも佐賀から飛んできた。

女の子らしい白のレースの服に小さな靴下。

初めて病衣以外のお洋服を着る。

いよいよなんだよね。長かったな。

土曜日に主治医の面談をして急に退院を今日にしたので、退院日を知らなかった看護師さんもたくさんいらっしゃったようで、夜勤明けの皆さんが慌ててコットの回りに来てくださった。

主治医の先生、担当の看護師さん、そしてその他の看護師さんたちから代わる代わる抱っこしてもらい、そしてたくさんの記念写真を撮った。

本当にお世話になった人たちばかり、お別れするのは名残惜しい気もするけど・・・。いくら感謝してもしきれない。

会計を終わらせ、お薬も受け取り、もう一度、薬の飲ませ方なども確認。

にいたんはソワソワしてもう待ちきれない。

07051509dscf1513さぁ、いよいよあやたんが最後の扉を出てきた。

にいたん、もう嬉しくて嬉しくてたまらない。

満面の笑みでピース。(ちょっとばかしピンボケだぁ)

07051513dscf1518

家に到着して、やっとあやたんを抱っこさせてもらったにいたん。念願の初抱っこ。初の兄妹のツーショット。

嬉しいそうだけど、どこか恐々?!

これからどんな生活になるんだろう。どんな毎日になるんだろう。

ママは嬉しいけど、不安な気持ちのほうが強いというのが本音のところ。

でもやっぱり家族が揃うのっていいなぁ。兄弟が並んでるのっていいな。

たくさんの出会い・支え

半年間のあやたんのNICU入院期間中、たくさんの方々との出会いがママを支えてきたと言ってもいい。

ここに、そんな出会いの数々をまとめておきたい。

励まされ、時には、励まし・・・そんな繰り返しがあったからこそ、ここまでこれたと言ってもいいから。

★未熟児を産んだ先輩夫婦★

ママが退院して数日後、パパの知り合いのご夫婦が家に来てくださった。ママは初対面。「未熟児といっても、うちは1000g以上あったけど・・・」と前置きをされ、これまでの経験やお腹の中で、赤ちゃんを異物とみなして流産させようとする自分自身の体(病気)をうらみながらも、やっと誕生した命。そしてその後に2人のお子さんを授かったことなど、いろいろ話してくださった。あやたんの目の手術のときは、お子さんにもやはり失明の危機があり、気持ちはよく分かるからといつも励ましを送ってくださった。

★NICUの先輩ママ★

あやたんより数ヶ月早く生まれた男の子のお母さん。初めて病院で声をかけてくださった方。その男の子は300g台で誕生、そして200g台にまで落ちた体重で手術をしている。・・だから大丈夫だよって声をかけてくれた。本にも、ネットでもなかなか400g台で生まれた赤ちゃんの情報に行き着かず、一体これからどうなるのか、全く分からないときだっただけに、どんなにか嬉しく、そして心強かったか。

★会社の託児所仲間のお母さん★

彼女の3人目とあやたんの出産予定日が近かった。私が早産したことを聞きいたからと電話をくれた。彼女は一人目(にいたんと同級生)が早産になりそうで、入院した経験を持っていて、いかに23週という誕生が大変なことなのかを知っていた。でも電話をかけてきたのは、そんな私を単に励ますためではなかった。3人目がダウン症で・・・とのこと。待望の男の子が障害児という現実を受け止めることができないでいた。その後、彼女の家にも遊びに行き、そしていろんなことをたくさん話した。あやたんが必死に生きるために闘っていること、ママの弟の友達のたくさんの障害児たちのこと。彼女を励まさないではいられなかった。気がつくとママ自身も強くなっていったのかもしれない。

★NICUのお友達★

あやたんの保育器と並んだ同級生とそのお母さんたち。声をかけずにはいられなかった。NICUの先輩のママから声をかけてもらったことがどんなに心強く、一番嬉しかったかを知ったから。そのお友達たちとは、ずっと仲良しで、一緒にカンガルーの親子を立ち上げ、ママの元気の輪を広げていきたいと思っている。

★40年前の超未熟児の姉★

あやたんの目の手術でこの先、目がどうなるのか分からない、苦しくて辛くてたまらなかったとき、ご近所の方が家に連れてきてくださった。初対面の方。18歳年の離れた妹さんは、40数年前に1000gもない(600gか800gだったかはっきり覚えていないけど)超未熟児だ生まれたとのこと。姉として、そして母としてずっと関わってきたこれまでのことを話してくださった。妹さんだけでなく、ご主人の2度にわたる心臓の大病・手術を克服された話しなど、人の命の可能性をたくさん、たくさん話してくださり、たくさんの勇気をもらった。そして、「ついこの前ね、40過ぎていいご縁があって結婚したのよ」と話してくださった。1歳半を過ぎた今でも、あやたんそ姿を見るたびに、声をかけてくださる。そして「目、がんばるんだよ」。今でもママはその方から勇気をもらい続けている。

★18トミソリーのお友達★

4月末、ご近所の方から友人のところについて来て欲しいと頼まれた。もちろんママは知らない人。4人目のお子さんが18トミソリーが生まれた方で、病気知らずの子育てしかしたことがない自分がいくら声をかけてあげることができない、だから力を貸してほしいとのことだった。NICUの待合室にその病気のご家族が書いた本の紹介があったので、病名は知っていた。だから正直、迷いはあった。90%は1歳になる前に亡くなってしまう病気。そして、その多くは、予後が悪いということで積極的措置は行われない事実もある。でも、生きて4歳、5歳を迎えた子もいる。迷ったけど、結局、行くことにした。

お子さんは自宅に帰ってきていた。何をどう話したかはよく覚えていない。ただあやたん誕生からこれまでのこと。あやたんのたくさんの危機を乗り越えてきた戦い。母としての思い、どうあやたんに声をかけながら毎日病院に通っているかなど話したと思う。最初は下を向き、人の話なんて耳に入れたくないといった表情をしていたけれど、だんだん、大粒の涙を流し始めた。

後日、お手紙をいただいた。自分の両親すら恨んでしまうような心理状況でいたらしい。どうして自分ばっかりこんな目にあうのかって。でも次彼女の心理が変化したことがよく分かった。

1ヵ月後、お子さんは体調を崩し、5月半ば、亡くなった。ご自宅での小さな小さな葬儀。私も出席させていただいた。お母さんは涙でくれているのではなく、この子が伝えたかったことをしっかり受け止めていくよって話してくれた。

それから、今でも、街角でお会いすると声をかけてくださるようになった。

★最後に★

他にも毎月15日に励ましメールをくださった方もいた。知っているお友達だけではなく、一度も顔をみたこともない方からも(知人の知人とか)、たくさんの応援をもらった。

こうやってたくさんの励ましをもらい、そして他の誰かを励ます。励まし、励まされ、そんな繰り返しの中で、知らず知らずのうちにママは強くなり、元気になっていった。

そして、こういう経験が、あやたんがNICUにいる間に「Nっ子クラブ カンガルーの親子」を作りたい、そういう思いがどんどん大きくなっていった。

その輪を、元気のもとを、広げていきたいと思っている。

退院のために準備したもの

あやたんの退院に合わせ、絶対に感染させてはいけないという必死の思いからいろいろと準備したものがある。

子供一人ならば、親の意識と注意で感染の危険性を回避できるかもしれないけど、幼稚園児のにいたんがいると危険値はぐっとあがると考えていたほうがいい。当然、幼稚園のお友達は当分の間、出入り禁止。

①加湿機能付きの空気清浄機・・・あえて加湿機能がついているものにこだわった。のどからの感染防止のためには加湿機能は必要だと思ったから。でも5月・・・。加湿機能は冬場の商品。梅雨の時期を前に売っているのは「除湿器」だらけ。かなり店員さんを振り回し、やっと1台納得できる清浄機があった。

②ドラム式の洗濯機・・・・どうも家族のものと一緒に洗濯することに抵抗があった。外に干すことも抵抗があった。気にしすぎと言われれば、過敏になりすぎていたのかもしれないけど・・・。あやたんの衣類は縮もうがどうしようが除菌モードで洗濯・乾燥することに!!だから洗濯機の機種も、除菌モードがあるかどうかを見ながら決めた。

③アルコール消毒液とうがい薬、使い捨て用紙マスクの山・・・・感染予防のための基本中の基本。手洗いとうがいは家族で再確認。にいたんが一番張り切っていたかも。あやたんに会いに来てくださったお客さんたちをまず洗面台に連れて行き、しっかり手洗いをチェック。そしてアルコールで手を消毒するまで絶対にあやたんのいる部屋に入れさせない徹底ぶり。だって大事な大事な妹だもん。

とにかくはじめの1ヶ月は世の中の空気に慣れるためのリハビリ期間と考えていたママ。振り返ってみれば過敏になりすぎていたのかもしれないけど、だからこそ風邪をひくこともなく、何事もなく過ごせたのかもしれない。

生後半年とはいっても2500グラムしかない新生児同様のあやたんを守っていくしかない。家族全員、そんな気持ちだったように思う。(2008.7.14筆) 

退院前説明

5月12日(生178日目)体重2474g ミルク55ml

主治医から退院前の説明があった。

本当は眼科のOKが出た後、いつでも良かったらしいけど、パパも一緒にということだったので土曜日の今日となった。

ドキドキする。

あやたん誕生のときからを振り返って、この半年のことを改めてお話ししてくれた。

生まれて1日目。ブドウ球菌による感染症にかかったこと。

動脈管開存症のため、インドメタシンを使ったこと。

副腎不全症状をおこし、ステロイドの内服があったこと。

輸血もあったな。

未熟児網膜症はレーザーを4回、そしてそれでもダメで手術になったこと。

耳の検査は問題なかったこと。

その他、諸々、未熟児に関する病気は一通り、教科書どおりかかったこと。

そして、一番の気がかりであるMRI。

誕生3日目のあの晩の肺出血と頭蓋内出血。

そして、DICといわれる状態を起こしたこと。

MRIの画像を見ながら、左側で出血が起こっていること。それでも、先生方が想像していたより、ずっと小範囲で済んでいたということ。右側の出血と脳室の状態(形)はほぼ問題がないとのこと。

そしてPVL(脳室周囲白質軟化症)の説明が続いた。

今後、このことから起こりえる障害がどうなるのかは全く分からないとのこと。

症状が出る子もいれば、出ない子もいるらしい。

子供の場合、代替機能が働こうとするので全く未知だということ。

出るとすれば、ダメージを受けてる部分が手足の運動をつかさどる場所なので、歩きにくかったりする。

ある程度覚悟はしていたことだった。

でも、先生は、あの大出血の日のことを考えると、脳出血の範囲や脳室の変形などの状態はもっともっと悪いことを予想していたのだとのこと。

担当医でない先生方も、みんなあやたんの表情を観察しながら、「きっと大丈夫よね」って、言ってたことなんかもお話ししてくれた。深刻な障害が出る場合、医者の経験から子供たちの表情で感じるところがあるらしい。

これから先どうなるかなんて分からない。それに悲観はない。(ホント、根っからの楽観主義者)

今はやっと家族が一緒に生活できる現実のほうが重要。

週明け、月曜日に肺のレントゲンさえ撮れば、退院はいつでもいいとのこと。

水曜日はにいたんの幼稚園の親子歓迎遠足。

ママはその遠足が終わってからのほうがいいのだろうと思っていたけど、

パパとにいたんは、そんなことよりもあやたんが家に帰ってくることのほうが大切!!とのことで、

5月15日に退院決定。

生まれてちょうど半年。ずっと願ってきた通り半年で退院。

さぁ、帰ったら急いで掃除だ。

なんだかドキドキする。

合格発表待ちの気分・・・眼科医長診察。

5月7日(生173日目)体重お休み ミルク55ml

眼科の病棟医長の診察があった。指定された時間に病院に向かう。

3月13、20日の手術から1ヶ月半。

なかなかOKが出ず、ほんとに長かった。

本日の診察の結果。あとは通院でも大丈夫とのこと。

1日のMRIなどの検査結果が大丈夫であれば、いよいよ退院か?!

パパ、慣れた~??

07050312dscf1463 5月3日(生169日目) 2日の体重2251g ミルク50ml

ママからおっぱいをもらった後は、パパに交代してミルクを飲ませてもらう。相変わらず、パパの抱っこの仕方は不思議だ。

暑がりのパパにとって、この青いナイロンのエプロンは地獄そのもの。汗だくなって、緊張しながら鼻の下を伸ばし嬉しそうにミルクをあげている。

もう少しだよ、おうちに帰るれるの。

きっと、きっともうすぐだからね。

院内ミニ旅行・・・MRI検査

5月1日(生167日目)体重お休み ミルク50m

あやたんは生まれて3日目に肺と脳の出血をしている。

退院を前にMRI検査とレントゲン撮影をすることになった。

黄色い子供用のストレッチャーに乗って、初めてNICUのドアを出て、一般の患者さんやお見舞いの人たちが通る廊下やエレベーターを使って検査室に行った。

ちょっとした初めての院内ミニ旅行といったところかな。

いろんな患者さんにも声を掛けてもらった。

いったい、あやたんは何を感じながら移動してたのかな??

MRI検査、動いたらいけないはずなんだけど、一体、どうやって赤ちゃんの検査をするんだろう・・・

先生がミルクの入った哺乳瓶を持って付添いで入っていった。

ママは中には入れないので、よくわからないけど、なんとか無事に終わったようだけど、謎だぁ。

この日は、目の検査もあって、ちょっと大変だったね。

小児科的には、いつ退院してもOKの状態らしいんだけど、どうやら眼科のほうのOKが出ないらしい。ということで、主治医の先生は、具体意的な退院の日程の話しをしようにもできないということ。トホホ・・・。

いつ帰ってきてもいいよ~

4月29日(生165日目) 体重お休み ミルク45ml

いつも面会はお昼1番に予約を入れるが、今日は、夕方から。

理由は佐賀のばあちゃん宅を朝から往復してくるため。

ばあちゃん宅の倉庫に、にいたんのときに使っていたベビーベットなどをしまっておいていた。もう何年も使ってないものばかりだから、この数ヶ月かけて洗ったり、生地を張替えたりとしておいた。

そして、いつ退院って言われてもいいように、それらを全部お家に運びこんだ。

ベビーベットも組み立て、お布団もセットして、さぁ、準備万端。

いつでも帰ってきていいよ~。

パパ、初抱っこ

4月28日(生164日目)体重2132g ミルク45ml

07042916dscf1453 なんだかふたり、しっかり見詰め合っちゃってます。

初めてあやたんを抱っこできて、しかも、しっかりパパを見てる。もう、パパはメロメロ~。

なんだか不思議。あんなに小さかったのに・・・。

手術をして1ヶ月。3月はあんなに辛い日々だったのに、こうしてコットに移り、毎日、抱っこしている幸せが、とても嬉しい。

2000gも確実に超えてる。いったいいつになったら退院できるんだろう。

家族4人揃っての生活が待ち遠しい。

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