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ママがもらった勇気の言葉

花束お届け任務完了

11月17日 日曜日

前日は実家にて法事。本来ならそのままお泊り、といいたいところだが、日帰りで帰ってきた。

兄ちゃんも任務有。あやたんも任務有。

兄ちゃんはパパにお願いして、ママはあやたんを連れて福岡国際会議場で行われている日本視能矯正学会へ。

ロービジョンがらみの知人たちもボラテンィアでたくさん参加。

ボランティア募集の案内が来ていたけど、日曜日に子供を置いてボランティアのお手伝いはさすがに無理だな~と思っていたら、なんと、あやたんが招待講演で最後に花束贈呈するというお仕事を頼まれたのだ。

ママはお話が聞ける!ことが嬉しくて、速攻OKの返事。

会場に着くとすごいお部屋、控室に通された。

ちゃんとした服を着ていてよかった。

あやたんは、お手伝いに来ていた眼科の看護師さんたちから声をかけてもらってたけど、声は知ってるけど服がみなさんスーツで???と怪訝な顔。

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さて、ぜひともお話を聞きたかった今回の演者とは、金澤康子さん。

ダウン症で書家の金澤翔子さんのお母様

数年前、たまたまつけたテレビで金澤さん親子のドキュメンタリー的な番組を見て釘付けになった。今年、見に行った映画「天心の譜」では、映画の題字を書く翔子さんの姿に圧倒された。

以来、会いたい人のリストに入った。

翔子さん、現在28歳。当時のダウン症という宣告は今以上に深刻なものだったと思う。

ダウン症=短命、知的障害・・・。(今は寿命も延びているし、大学に行く方も多い)

親としての気持ちの葛藤、子育て、そして書道を通じての親子のつながり、書道家としての翔子さんのこと。

特に印象的だったことは

「この子は根源的にかしこい子だ」と信じて

関わり、子育てをしてきたということ。

その力強い言葉は心に響いた。

ママも改めてそうだと思った。

あやたんも知的には本来の年齢には全く追いついていないし、できないことばかりだから知的障がいのある子のくくりに入るけど、翔子さんのお母さまと同じように思っている。

時々、そんな想いがくじけそうになるけど、改めてそう思っていいんだと強く強く確認することができた。

そして、あやたんは何が得意になるのかな?好きなことを伸ばしてあげたいなと確認した時間にもなった。

小学校時代は常に何でもクラスでドンびりだった翔子さん。今や昨年のNHK大河ドラマの題字を書くなど日本を代表する書家。小学校時代のお友達が言うそうだ。「翔子が日本一になったね」と。

素敵なお話を伺ったあと、あやたんと壇上へ花束を持って上がった。

直前、退屈虫発症でぐずり出したあやたんも、壇上に上がるなり良い子に。

丁寧にママとあやたんのプロフィール紹介もしていただいた。

無事に任務も終わり、壇上から降りる際、会場からの拍手に「イェ~イ!!」とあやたん。

本番、強すぎます(苦笑)

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この日、お母様から頂いたあやたんへの言葉と握手。いつまでも大事に大事に持っておきたいと思う。

素敵な一日をありがとうございました。

そして、ボランティアでお手伝いに来ていた知人たちに、久しぶりに会えてうれしかった。

「お米の歌」の少女

9月19日 月曜日

帰宅してから新聞の整理をしながら昔の記事になんとなく目を通していた。

ふっと目にとまった記事・・・・(8月末のことだけど)

「東日本大震災の被災者を励ます歌を作詞、作曲し、CDを自主制作した新潟市中央区に住む全盲の少女が25日、宮城県庁を訪れ、村井嘉浩知事に売上金の一部を義援金として贈った。」

被災者が満足に食事を取れないというニュースに心を痛めた小学4年生の全盲の少女が「皆がたくさんご飯を食べられますように」と願いを込めて作った「お米の歌」だ。

この女の子、600gの超低出生体重児として誕生。

未熟児網膜症の手術を受けたものの失明。

脳性麻痺で右手と右足が全く動かない。

・・・あやたんと重なって記事に目がいく。きっと吸い寄せられたんだろうな。

小学校に入学しピアノを習い始める。

夢中に弾いているうちに、右手の中指が動くように。

その指で作曲し、生まれたのがこの「お米の歌」なのだそうだ。

好きなことってやっぱり一番のリハビリですね。

あやたんも、こうやって誰かに励ましを送れる女の子に育ちますように。

参考 

河北新報社http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20110826_04.htm

東北放送http://skip.tbc-sendai.co.jp/01news_2/20110825_14227.htm

折り紙の先生

8月26日 木曜日

お盆に一人でばあちゃん家に泊まっていたにいたん、すっかり折り紙に夢中になって帰ってきました。

それは、ばあちゃんのお店で今やっている(~8月31日)折り紙展の先生の影響。去年から知ってるのですが、どうやら一人でお泊まりのときにちょうどテレビ取材が入りさらにその先生のすごさのとりこになってしまったようです。

夕飯を作っているとばあちゃんから電話。「今から放送されるよ」ということで、にいたんと二人、餃子を包んでいた手をそのままにテレビの前に釘付けになっていました。

にいたんもちょこっとだけ映りました。

最後にスタジオで紹介された折り紙で作ったマスコットのミランバくん。「あれね、僕が持っていってねってお願いしたんだよ」とにいたんは誇らしげでした。

・・・ローカルニュース(サガテレビ)だったので、この折り紙の先生のことはこちらの地元新聞記事で。

ばあちゃんのお店は授産施設で作られた製品を売っています。つまり、身体、知的、精神、いろいろな障害を持った方々とその支援員の方々がたくさん出入りをします。

彼女は高次脳機能障害。

最近、この高次脳機能障害を取り上げる新聞記事が続いているように思います。それだけ知られていない、理解されていない障害です。

さて、ばあちゃんと彼女の出会いは、ちょうどあやたんがてんかんの診断がおりた頃。彼女もまたてんかんを持っていて、発作を抑えるための海馬の手術を経験しています。

彼女は障害を持ったことでたくさんの人々と出会えたこと、いろいろなことを知ったことに対して感謝する言葉を日記をっづいいていることがとても印象的です。

あやたん達のように生まれてくるときのトラブル、成長してからのトラブル・・・・当人も、母親も、そして家族も闘いの毎日。いろいろあるけど、放送の中で彼女や家族会の代表の方の言葉のように、やっぱり「命があってよかった」。

「嬉しかった」「ありがとう」と言える、また言ってもらえる人生を歩めるかどうかは、障害の有る無しではないんだということを彼女の姿を通して改めて考えました。

ありがとう。

それにしても、あの素敵な折り紙は驚愕ものですよ!!

記事で紹介されているのはパネルになっているもの(←すっかり影響を受けたにいたんの夏休みの作品もこのパターンです)ばかりですが、蟹とか魔女とか、何をどやったらそんなものが作れるのかとても不思議です。脳ってホントに不思議で素敵です。

彼女は、折り紙協会の師範ですからね。

ということで、折り紙展今月31日まで。(日曜日はお休みです)

場所はピアショップ田でんです。

メル友おじちゃん

6月8日 火曜日

メル友のおじちゃんから素敵な風景写真つきメールが来て驚きました。

なぜ、写メに驚くかって?

それは、メル友おじちゃんは、全盲の方だからです。

先月末、近所のスーパーで出会って声をかけたママ。名刺交換をした翌日、早速メールをいただきました。

そのときも、まさか電話ではなく、メールをいただくなんて思いませんでした。(よく考えると今は読み上げソフトもあるし、話せばメールが打てる機械が一杯なんでした)

おじちゃんのことは、以前から知っていました。シンセサイザーを弾いてあちこちで講演をしている方で、ママも何度か演奏やお話を聞いたことがあるのです。

そのときの話では、5歳ぐらいまで自分が目が見えていなくて周りの子とは違うんだという事に気がつかなく、当たり前に近所のお友達と外で三輪車を乗り回して遊んでいたというおじちゃんです。

いっつもおじちゃんには驚かされます。・・・というか、なんてママの頭の中は勝手に常識を作り上げているんだろうと考え直させられます。

そんなメル友おじちゃんは、あやたんがお世話になっている眼科の訓練の先生と実は長い友人なんだよと、病院ではいつも話題になっていました。お住まいも近所らしいということを聞いていたので、そのうち、道端で会うだろうなって思っていたのです。

週末に行われた盲学校の開学100周年記念の行事で、おじちゃん(もちろん、おじちゃんは卒業生です)も先生も参加されて、その後の懇親会で先月末の出会いの話などをしてくださったようです。

今度はみんなで飲みニケーションしたいねって。

そんなメールでした。

ハイハイ、いつでも声をかけてくださ~い。

それにしても驚いた。だって、メールをいただいのって、その眼科の先生のとこに訓練に行く途中だったんですから。

知らない人には警戒するの!

金曜日。

朝一番のリハビリ。先生がお休みのため、急遽、代理の先生に。
初めての先生です。

「この人、誰?」

ってすごい警戒心丸出しで、お得意の「おはようございます。お願いします」のお辞儀もせず、先生の顔を凝視。

リハビリの最中もいつものリズムの違いと警戒心から、いつも見せないような不安顔。もう半ベソ気味~~。

終わりの挨拶になった途端、ニコニコ顔で「ありがとうございました」って深々とお辞儀。
ん~、ある意味、よくわかってるって証拠。


その後の盲学校の教育相談は絶好調でノリノリ。慣れてる先生だもんね。

お昼を食べたら、療育センターでドクターの診察。
これまた初対面の先生。

またまた警戒心でご挨拶してくれません。
だけど、大好きなおもちゃを見つけ、そっちに必死で移動。
完全におもちゃに騙され、されるがままに診察。

右膝の硬さを指摘されました。やっぱり拘縮が始まりつつあるかも…。

「癇癪をおこすか?」とも聞かれました。
ワーワー、ギャーギャーと意味もなく癇癪を起こすことはないですが…、あごや目を押す感覚遊びが大好き。

今後、それが自傷行為につながっていかないようにとのアドバイス。
いろんな人との関係性をしっかり築けるようになることが大切だよ~とも。

あやたんの大好きな行動に対する先生の言葉。その裏に隠されているものを、なんか感じちゃったママですが・・・。

知的な遅れや視覚的ハンディからくる遅れ、そして、他人に手を触られることが嫌いな理由、麻痺の体の硬さのこと・・・などなど、久々、ちょっと凹みました。

だけど、それも一瞬だけのこと。

あやたんは、他人を全く受け入れないというはない。初対面の人・モノに対してはものすごく警戒心が働いているだけ。耳での観察はものすごいものがある。

見て認知できるスピードがあがり、座れるようになり、一人で移動できるようになってきたのはつい最近のこと。一人遊びの時代に入ってきたところ。ようやく1歳前の子のレベルまで来たかなって思っているママ。お友達と関わって遊ぶという社会性はもう少しかかりそう。(にいたんとはしっかり出来てるけど)

それよりも朝の新聞のことを思い出した。

脳性麻痺の大学院生がパソコンの音声入力支援システムを開発し、博士号を取得するという記事。(実家が近いぞ!ってことはリハビリはあやたんと同じとこに通ってた?なんて思っちゃいました)

先週は、出産時にへその緒が巻きついていたことで低酸素脳症となり麻痺を持っている男性がパソコンを駆使して設計図を書く仕事をしているという記事を読んだ。その彼が立つことができたのは小学5年生のとき。

負けちゃぁぁ、いられませんよ。

『きもちのこえ』

何ヶ月も前から楽しみにしていた「いのちのことばコンサート」。

いつもなら高速を飛ばしていく町だが、JRでのんびり一人旅(・・・といっても片道80分)。久しぶりに何にもしないボーっとした時間も楽しんだ。

会場につくと、主催者でもある武田先生が出迎えてくださった。

コンサートの前半は、大越桂さんが書き溜めた10の詩の朗読。そして、その詩に曲をつけた歌と演奏。

ママの心は震えっぱなし。とくに「プリマドンナ」「万華鏡」「きもちのこえ」はもう涙が止まらなかった。今のママにはたまらなく響いてきた。

全介助で自分で体を動かすことができない。脳性まひの付随運動で自分の意思と全く関係なく動き出す体。表情の変化を周囲に気づいてもらいにくい。言葉も発せない。そして、強い弱視のため目の前のちょっとした世界しか見ることができない。

何も分からない、何もできない・・・そんな「もの」として扱われてきた人生。

でも、ちゃんと何でも聞いて分かっていて。笑って、怒って、楽しんできた。

文字を書いて伝えることを覚え、あふれ出てくるたくさんの思い。

そして、その思いを受け止める母。

ドクターストップがかかり今回、九州にくることができなくなった桂さんのビデオレター(つまりお母さんとの筆談でメッセージを送ってくださっている生の姿を見ることができた)を挟んで、後半の桂さんのお母さんの子育て講演、武田先生との対談と続いた。

お母さまは底抜けに明るく、聡明な方という印象。お話しの仕方もとても素敵。時々、東北弁を交えてくださり、笑いもバッチリ!

全介助の脳性まひ、強い弱視、胃ろう、在宅酸素といくつもの困難のある桂さんの下に、実は、プラダーウィリー症候群で難聴という息子さんもいらっしゃる。とてもとてもお二人のお母さんだなんて思えないほど美しい。

桂さんが819gで誕生したこと。その誕生と同時に双子だったもう一人の死産を経験していること。

桂さんの幼児期、小学校、高校時代のこと。

いつまでも小さくて発達しない我が子のこと「この子は3ヶ月です」と嘘をつき続け、ある日、見ず知らずのおばあちゃんの一言で八ッとしたこと。

いくつもの危篤ともいえる場面があったこと。

初めて「かつら」と名前を書いた日のこと。

筆談を獲得してからのこと。

高校を卒業して「役に立つ人になりたい」という願い・就労のこと。

たくさんありすぎて書きたくても上手く書けないし、

仮に上手く書けたとしても、やっぱりそれではご家族の人生は十分に伝えられない。

帰りの電車の中で購入した桂さんの著書『きもちのこえ』を一気に読んでしまったのだが、そこに桂さんの思い・・・そしてお母さんの思いがいっぱい詰まっている。講演の中で出てきたエピソードについても書かれているので、是非、こちらを読んでほしいと思う。

ママの衝撃は、「どうして、こんなにお腹にいたときのこと、生まれるときのこと、小さい頃のことを覚えているの?!」。

同じことをよく言われるようで、その理由、桂さん自身が納得した理由も書かれている。ママもなるほどね・・・と納得。

講演会終了、武田先生に促されて楽屋へ。お母さまと直接お話しをさせていただく時間を頂戴した。意外と小柄な方・・・。そこに秘める大きな力を感じる。

なんだか今週はMiekoさん、桂さんのお母さんと大先輩から大きな力をたくさんもらった一週間。子供の可能性を信じること。親が勝手に決めてしまわないこと。押し付けないこと。

心のチャージOK!

さぁ、また来週から明るく、楽しくいっちゃうぞ!!

輝け!!命!!

10月9日(金)
にいたんの学校は今年から二学期制。ということで、秋休み初日、久しぶりにリハビリに一緒に行った。
その夜のこと。
にいたんがどうしても見たいと言っていたテレビは9時から。いつもなら就寝時間なので録画で我慢させるところだけど、にいたんと二人でじっと見入っていた。

見た人も多いかな。「輝く命 5」(テレビ東京系)
にいたんは、この手のドキュメンタリー番組が大好き。
ママの膝の上であやたんは熟睡。そのあやたんの足元に体が触れるように寝そべってずっとテレビを見ていたにいたん。

番組の前半は今世界に50人ほどしか患者がいないプロジェリアという病気の子供とその家族。平均寿命が13才という病気で11才のお誕生日を迎える日も収録されていた。
同じ病気と闘う二つの家族の国境を越えた交流。やはり同じ痛みがわかるもの同士のつながりは心強いと。
どこまでも明るく元気なお兄ちゃんの姿。生徒会長にだってなっちゃう。
妹までもが同じ病気で生まれてきたことを「この病気、そんなに悪いもんじゃないよ」って。

お父さん、お母さん、家族一人一人の言葉が心に染みる。

後半は300万人に一人と言われる体が成長しない病気の少女。生まれたときは900グラム台の超未熟児で命の保証はないと言われたそうだ。
そして、この病気ということがわかる。
体が大きくならない。
言葉が出ない。
周りの子供たちとコミュニケーションをとろうとしない。

そんな悩みとの闘い。

でも最後は言葉を発し、子供たちの輪の中に入ろうとする姿が描かれていた。

出生児のことや病気・障害は違えども、番組に登場した三組の家族が経験したこと、悩んだこと、乗り越えてきたことのいくつかをきっとあやたんもママも経験することになるだろう。

だけどキラキラと輝く子供たちの笑顔を見ていて、なんか勇気をたくさんもらった。

グジグジ考えても仕方がない。
一瞬一瞬、一日一日を大切に、
やれることを一生懸命にやるっきゃないっっっ。

翌朝、寝坊するほどしっかりすっきり眠れて、心身ともに疲れていた重たかったママの体が、嘘みたいにとっても軽くなってた。

小さな高校球児

今朝、リハビリに出かける前に台所を片付けようと思っていた手が止まった。
テレビから「超低出生体重児」と聞こえたら反射的に見てしまう。

紹介されていたのは横浜の高校生。700グラム台の超低出生体重児として生まれた野球部の高校3年生。
身長161センチ、48キロ。
甲子園に行くような野球部だから、部員の中にいればひとまわりも、ふたまわりも身体が小さい。
野球経験がなくても入部を認めている監督さんも、彼が入学してきた時、あまりの体の小ささに危険を感じて入部を拒否したのだそうだ。
熱意と彼の生い立ちを聞き入部は認められ、誰よりも早く朝練に行き、試合に出れなくてもチームにとってなくてはならない存在になっていく彼。
印象的だったのが、
体が小さいというハンディに対して、
「高いボールには届かない。だったら下のボールを拾えばいい」
決してくさらない。大好きな野球に対する純粋な気持ちが見ていて伝わってきた。
17、8年も前は、1000グラム未満で産まれた子は今以上に生存率は低かったはず。環境も整備されていなかったはず。

試合を見つめるご両親の眼差しから、思いがたまらなく伝わってきた。

「一本の棒」

昨日(火曜日)の新聞のコラムに「辛」と「幸」という漢字を通してこんなことが書かれていた。

「一本の棒」があるかないかというとても似ているこのふたつの漢字。
詩人・星野富弘は「もう少しで幸せになれそうな字」と歌ったということを通して…。

誰しも人生、病気・挫折・事故・災害などそれぞれ大なり小なりの試練がある。
そんな心が「辛い」時、じっと苦難が通り過ぎるのを待つだけでは心が辛さに凍てついてしまうと。

絶対に勝ち越えていく!
絶対に負けない!

勝つまで戦い続ける不屈の信念が、苦境にある人が「幸せ」をつかむための「一本の棒」になると。

あやたんよりも後に産まれたお友達の成長ぶりを見ては、完全に抜かれてる〜と落ち込みそうな時があるのも事実。

ママだって弱い人間だから。

だけど、未来を信じて進むだけ。
あやたんの可能性を信じて…。

「一本の棒」…

なによりも一緒に戦う(?)仲間の存在が、この「一本の棒」になる。
家族の団結、病院やリハビリの先生・看護師さん、その他たくさんの人たちが「一本の棒」になってくれる。

この「一本の棒」が決して折れないように、ママもあやたんも、誰かの「一本の棒」になりたい。
それが自分の「一本の棒」も強くしてくれるのだと思うから。

来週はいよいよピアカウンセリング準備のための一回目の勉強会。
明日は保健所の方から紹介してもらった教授に、協力を要請するために訪問予定。

一歩ずつ一歩ずつ、進んでいくだけ。

めぐみっ子クラブ講演会

めぐみっ子クラブ講演会
弱視の子供を応援する「めぐみっ子クラブ」の定例会に初めて参加。
今日は、福岡高等盲学校の講師の河野先生の講演会。
カンガルーの親子の目がねっ子組、にいたん、パパも一緒だ。
河野先生は高校生の時、理科の実験中の爆発事故で、視力を失っている。光も感じることができない視力ゼロ。

以前から一度は話しを聞いてみたいと思っていた先生。
きっと血の滲むような努力で教師になられているはずなのにユーモアたっぷりのお話。
特に今日は弱視の子供達(大半が小学生)とその両親が主な聴衆なので、子供たちにも分かるようにお話しされていた。
何人かの子供たちは単眼鏡を使用していた。
にいたんは、講師の白杖とこの単眼鏡が気になっている様子だった。(もちろん小声で説明)

さて、失明してから教師になるまで、そして今日までの話し。

完全失明を宣告された人の半分は、自殺あるいは自殺未遂をするのだそうだ。見えるのが当たり前の世界から、ある日突然、光すら感じることができなくなる恐怖。ふと、あやたんの手術前のあの感情を思い出した。確かに怖かった。

不安はあった。でも先生は自殺しようとは思わなかったのだそうだ。目が見えない=何もできない、そう思い込んでいるから次の一歩を踏み出せないだけだと。

そして、教師になりたいという夢に向かって先生は進み出した。
当然、大学受験がある。点字をマスターしなければならない。点訳してくれるボランティアを探さなければいけない。点字受験を認めさせなければいけない。
ひとつひとつクリアし、5浪して合格。教員採用試験も、模擬授業を見せ、全盲でも教師ができると説得し受験、3度目で合格。

中途失明の方の苦労は半端ではないはず。指先で点字を読むことも、白杖で町を歩くことも、努力し続けなければ習得できないはず。
先生は子供たちに「みんなが羽がなくても困らないように、見えないことは困らないよ。それが当たり前だから」と。
新聞を読むことと車を運転すること以外はなんでもできるよと言っていた。
当たり前になるまでの訓練…。

先生の話しを聞きながら、どんな困難も、その(障害や状況の)世界を知ることで不安は解消するし、何よりも次の一歩を踏み出す勇気があるかどうかが大切なんだな〜って思った。
起こった現象を良いことにするか、悪いことにするか、それを決めるのは自分なんだよと先生は話しを締めくくった。

そのあとの質疑応答には、小学生のみんなも手を挙げていた。ちょうど4年生の教科書に点字のことがあるらしく、そのことを質問していた子もいた。

最後は先生のピアノ演奏&歌。井上陽水の「少年時代」を、素敵な歌声…。盲学校に登校してくる子供たちを思いながら作ったという自作の曲も披露してくださった。

素敵な講演会。めぐみっこさん、ありがとう。