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出産の原因・兆候

訓練始め

1月4日 月曜日

訓練始めはハートウォーカーからです。

夕方、ばあちゃん家から自宅に帰る途中に行けるように時間設定、予約をしました。

前回のにいたんミラクルに期待です。

パパも久しぶりの見学です。

約1週間、リハビリが空いているしかなり寒かったので、筋肉の硬直がちょっと心配でしたが、またまた1時間ずっと乗ったままでした。

途中、個別訓練のPTの先生も顔を出してくださって、ハートウォーカーの先生と二人で「あやたん、すごい、すごい。体が覚えてきている!!」の連呼でした。

にいたん、鼻高々~!!「僕のおかげ」ってね。

右足の尖足がひどいのですが、だんだん踵が床について床を蹴るしぐさをみせるようになってるし、両足が前に出ようとしています。時折、ススススーッと自力で前に進んでいくのです。

最初は椅子に座って見ていたパパも「こっち来い、こっち来い」と誘導開始。

とにかく、にいたん様さまです。

前に進みたくなる仕掛けをあれこれ考えて声をかけ、疲れていやいやモードになったら可笑しなパフォーマンスで笑わせ、1時間、あやたんのやる気をキープしてくれました。

さてさて、どんな成長を見せてくれる1年になるのかな。

早産の原因

11月25日

ママの退院を前に改めて医師から今回の出産についていろいろ説明があった。

『常位胎盤早期剥離』・・・これが、あやたん早産の原因。

とても稀なことで母子ともに命の危険にさらされる可能性が高いもの。全妊娠の1%程度で起こるのだそうだ。

http://tyama7.blog.ocn.ne.jp/obgyn/2006/01/post_754a.html

http://www.fab.or.jp/abruption.html

説明では胎盤の40%が剥がれていたと、写真も見せてもらった。

胎盤剥離にいたった原因も、入院中の血液検査で調べてみたと。もしかしたら「抗リン脂質体症候群」の可能性もあるかもしれないが、ただし、これは再度、血液検査をしてみないと、そうだとは言い切れない。ただ、確かに血栓が出来やすい状態になっていて、今回のことにつながったのだろうとのことだった。(1ヵ月後の血液検査の結果、そうではなかった。ただ、一時的になった可能性もあるとか??)

いろいろ本などを読んでいると、胎盤剥離では腹部の激痛があるという。私の手術計画書にも「強度の腹痛」と書かれていたけれど、実際、ママはお腹が痛かったという記憶はない。確かに、運ばれている間、お腹を抱えていたけれど、それは腹痛のためというより、無意識の「お腹の赤ちゃんを抱っこして守る」行為だったと思う。

母子ともに、もしかしたらなくなっていた命。様々な幸いが重なって助けられたとしか言いようがない。

家の鍵を忘れたことで、パパと緊密に連絡を取って近くにいたこと。

出血が、パパが出張に出発する前だったこと。

そして、なによりも九大のベットが母子ともに空いていて、すぐに搬送されたこと。

家での出血が、午後8時ちょっと過ぎ。かかりつけの産院に到着したのが、多分午後9時前。そして、55分間の手術であやたんが誕生したのが午後10時52分。

その間、約3時間。これが1時間でも遅かったら、あやたんはこの世にいなかったかもしれない。

どうしてもこの話題になると、妊婦のたらい回しのニュースが頭をよぎってしまう。命を左右する救急の仕事に従事する方々にとっては、気が休まることがない連続だと思う。

あやたんはというと、人工呼吸器がパックンパックンとうものからブルブルブルと振動するものに変わっていた。このほうが、肺胞へのダメージが減るのだそうだ。

結局、ママはPICUから一般病室に移ることがないまま、11日間の入院生活を終え自宅に帰った。

やっぱり無理していたのかな・・・

11月24日

初日の母乳も順調に消化できたようで、2日目は早速、1日4回から3時間おきの8回に増えた。母乳のせいか、肌もピンク色になっている。おしっこもウンチもちゃんとした。当たり前のことだけど、とっても嬉しい。

病室で一人ベットの上にいると、体がずいぶん楽になったせいかいろんなことを考える。

やっぱり知らず知らずのうちに無理していたのだろうか・・・って。

妊婦検診を1週間先に延ばしたことを後悔してももう遅い。とにかく11月のママは忙しかった。そして体調も決して良くはなかった、というか疲れが回復できない状態の毎日だった。

血圧が高くなってきて、足がむくみ始めているのは自分でもわかっていたし、次の検診では間違いなく産婦人科の先生に怒られるのを覚悟していた。

あやたん誕生直前の週末は、にいたんの幼稚園のバザー、翌日は七五三で写真館と佐賀のじいちゃんの家を往復した。

仕事も、もちろん立て込んでいた。

にいたんがお腹がいたときも、婦人服のバイヤーとして走り回っていた。だから今度も大丈夫だと心の中のどこかで自分を過大評価していた。でも、やっぱり年をとっていた。36歳はやっぱり危険だったのだ。無理をしているつもりはなくても、体は悲鳴を上げていたのだ。

いくら後悔しても、もう時間を前に戻すことはできない。