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シュンペイ母体験②・・・誕生

こちらの病院に移って1週間ほどたった頃、カーテン越しの隣から声が聞こえてきました。「ちょっと痛みが強くなってきたような気がするんですけど・・・」先生の診察が始まったようでした。「子宮口が開いて赤ちゃんが下りてきていますので今から出産になります。本当はあと3ヶ月くらいお腹に入れておいたほうがいいんですが、もう下りてきているので産みましょう」と言われていました。あと3ヶ月ってことは今の私と同じくらいだな・・・もう出産になるのか、この人はもう赤ちゃんが下りてきていて陣痛もかなりきているはずなのに、ちょっと痛くなってきただなんて我慢強い人だな・・・と思いました。それが後に親しくなるSさんでした。

その日の夜、母と姉にメールしました。「隣にいた人が今の私と同じくらいで出産になったみたい。私はまだみたいだからよかったよ。気をつけるよ。」

その日は夜1時くらいに寝ました。3時に目が覚めたとき、パジャマを触ったら冷たくなっていました。おもらししたかな?と思いましたがベットも濡れていました。ナースコールを押して助産師さんを呼ぶと、モニターをつけたり慌しくなりました。私はまだよく事態を把握していませんでした。少しして当直の先生が来たようでした。カーテンの裏でモニターの画面を見ていたみたいで小さなつぶやきが聞こえました「こりゃまずいな・・・」この言葉を聞いて初めてたいへんなことになったかもと思いました。

先生の診察が始まりました。私は子宮口も開いていなくて、こんな時期に生まれるなんて全く想像もしていませんでした。先生の診察が始まると足がガタガタ震えました。あまりに怖くて若い助産師さんに「すみませんが手を握っておいてもらえますか?」とお願いし強く握りました。先生は「子宮口も全く開いてないし、なんで破水したんだろうな」と言っていました。恐る恐る「あのもう産まないといけないんですか?」と聞くと「破水したら生まないといけないでしょうね。陣痛きますからね」と言われました。たしかに少しずつ定期的なお腹の張りが来ていました。出産方法も全く決まっていなかったのでどうするか聞かれました。長男の時は、普通分娩で子宮口最大までいって、最後の最後に出てこず帝王切開になってきつかったので、最初から帝王切開でお願いしますと言いました。以前の診察の時に前置胎盤気味と言われていたので帝王切開の方がいいでしょうと言われました。それから助産師長さんが実家の母に連絡しました。夫に連絡して長男が起きたらいけないと思ってまず母にかけてもらいました。母からメールが来て、夫に何回電話しても出ないと。鍵を預けていたので家に行ってもらいました。寝ているのかなと思っていたら夜中3時ごろなのに洗濯物を干していたそうです。後で聞いたところによると、その日に限って長男がなかなか寝ず、ドライブしに行って病院の近くまできたけど、私に言うと動揺するので黙っていたそうです。夫もその後眠れなくなり起きて洗濯していたそうです。虫の知らせだったのかもしれません。

眠っている長男は母に任せて、朝の4時ごろ夫が来ました。すごい土砂降りでした。

夫は落ち着いていました。私も診察の時は動揺していましたが、もう産まなくてはいけなくなったからには覚悟しようと思いました。二人でこの事がいいことになるはずと話しました。そのときは3ヶ月早く生まれた赤ちゃんがどういう状態なのか、全く知識がありませんでした。

分娩室に入る前にいろいろと説明がありました。状態がよければ赤ちゃんが生まれてすぐ胸の上においてあげますよ、と言われました。

朝早い時間だったにも関わらず、母や姉や義妹、叔母からがんばるようにメールが届きました。赤ちゃんが早く会いたがってるんだね!がんばって!と。

手術が始まって7分、平成18831日午前7.35分に息子は誕生しました。身長34.6センチ、体重978g(27週2日)でした。NICUの先生方二人が息子の口元で手動の呼吸器を必死に動かしているのが見えました。麻酔科の先生が「男の子ですよ~見えますか?」と言ってくださいました。

赤ちゃんを胸に抱くほど状態は良くなかったようで、保育器に入ってすぐ連れて行かれました。手術が終わって、またMFICUに戻ってしばらく眠ると夫と母が来ていました。夫は赤ちゃんに対面して先生の話を聞いてきていたようでした。「赤ちゃんかわいかったよ」と言っていました。

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