フォト

あやたんブログへようこそ

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

mamma mano

Nっ子クラブ カンガルーの親子

姉妹サークル

  • ちっちゃなおてて
    カンガルーの親子メンバーで日本ベビーサイン講師のママのページです
  • ピアふれんど
    ピアふれんどは「障がい児・健常児…子育て応援」 をテーマにし福岡で活動しています。
  • ピュアハート
    ピュアハートは、ダウン症など知的障がい児(七人)の音楽バンド。筑紫、福岡を中心に兄弟・家族参加型の音楽ランドという教室(?)もあります 
  • 四葉の会
    病気やハンディキャップも持って産まれた子供たちのための会です。スタートしたばかりの会です。
  • めぐみっ子くらぶ
    福岡を中心に活動している弱視の子供を応援する会

未熟児ブログ集

  • にほんブログ村 子育てブログ 超未熟児育児へ
  • 障害児応援検索エンジンゆっくりねっとサーチ
  • にほんブログ村 子育てブログ 未熟児育児へ
無料ブログはココログ

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月

大晦日 すごい1年だったな・・・

12月31日(生46日目) 体重552g ミルク8.5ml

あっという間に過ぎ去っていった2006年・・・。人生の中で一番辛い、試練の1年だった。

2006年の年明けから、ママは少し心の疲れが出始めていた。

そして、春、「うつ」になりかけていることを自覚していた。本を買って自己診断をしてみると、かなり赤信号に近い。仕事はなんとか普通に出勤して、業務をこなすことはできていた。でも、週末は完全に電池切れの状態。ベットから出ることもできず、にいたんと遊ぶことも家事もすべてストップしてしまった。関わっていた地域の集まりにも行けなくなり、誰にも会いたくもなくなっていた。かなりパパは困り果てていたけど、ママが何冊か「うつ病」の本を買っていたのを知っていたので、黙っていてくれた。

理由は様々・・・。家事、育児。そして、パパの転職が続き、二人目が欲しいという気持ちを押し殺す毎日。何もかもがごちゃごちゃになっていた。毎朝8時に、にいたんと電車で天神までへ出勤、帰りは8、9時になることもしょっちゅう。とにかく、知らず知らずのうちに自分の中で処理できなくなっていたのだと思う。

よく「コップの水」に例えられるけれど、まさに少しこぼれ始めていた時だった。

親の精神状態は、すぐに子供に飛び火してしまう。にいたんは肺炎にかかってしまい、なかなか影が消えない。にいたんの普段の生活は、幼稚園児にしてはかなりハード。結局、ママとにいたんは一時、佐賀の実家、ばあちゃんの家に帰ることにした。ママは佐賀から通勤、そして、にいたんは幼稚園を休むことにした。近くにある保育園が一時預かりを認めてくれたので、まったく同じ年頃の子と遊ばないのもかえって欲求不満になり良くないので短時間お願いすることにした。

なんとか、ママの心の状態が落ち着いたのが梅雨の頃だった。

にいたんの幼稚園の夏祭りの日、ママは数年ぶりに突然の発熱。頭痛もひどい。夏祭りで保護者は役員を分担している。結局、パパがピンチヒッターで出動。ママは薬局に解熱剤を買いに行った。でも虫の知らせか、買ったのは妊娠検査薬。結果は陽性。つまり、あやたんだ。

その後のつわりが半端ではなかった。誰でも二人目、三人目はそうだろうが、上の子の世話から逃げることが出来ない。仕事からも逃げるわけにもいかない。

にいたんがお腹に入った時は、ちょうどバイヤーをしていて展示会だって、仕入れだってなんだって平気で走り回っていた。5年もたてば、仕事で要求されることも増える。でも体も年を取っている。同じようにはいかないということなのだろうか・・・。

そして、突然のあやたんの出産・・・。

でもひとつだけ思うことは、この1年に起こったことは辛い試練の連続だったけれども、長い人生の中で考えれば、きっと大きな意味があるということ。ひとつひとつ乗り越えていくことで何かが分かるのだと思う。

人生、無駄なことは起こらない。

その出来事の意味をどう捉えるかどうかなんだと思う。

ママは決して負けない。

来年、また前に進んでいこうと思う。

看護婦さんに協力します?!

12月28日(生43日目) 体重521g ミルク8ml

面会に行く時、体重とミルクの量、そしてメッセージを書いてくれるノートを持っていく。看護婦さんのなにげない一言だけど、1日に30分しかあやたんに会うことができないので、このなにげない一言と、その日の様子を話してくれるのちょっとした会話がなによりも嬉しい。

本日のメッセージ・・・・

「今日もミルクが増えました。しっかり消化できています。

オムツ交換のとき、自分でお尻を持ち上げて、お手伝いしてくれます!!」

なんだか想像しただけで笑ってしまう。

あの「♪『365歩のマーチ』頭の中でぐるぐる鳴りっぱなし状態」からようやく脱出できたような気がする。

ふと思ったけど、NICUに入る最後のドアの前で、深呼吸しなくなっている。

あれだけ「今日は大丈夫だろうか」って何を言われてもいいように、気持ちに気合を入れて中に入っていたのに。

だんだん、あやたんに会う「楽しみ」という気持ちのほうが強くなってきている。

12月29日(生44日目) 体重544g ミルク8ml

12月30日(生45日目) 体重555g ミルク8ml

極端に体重が増減することもなく、確実に500gにのったようだ。

今度は輸血と感染だ~

12月26日(生41日目) 体重499g ミルク7ml

足に点滴の管がまた増えている・・・

主治医の先生から「貧血になっているので輸血します」と。

さらに、「ステロイドの量は減らしているけど、副作用で抵抗力が落ちてきている。それで感染値があがり、抗生剤を投与している」と。

輸血だってノーリスクではないことぐらい承知しているけど、今のあやたんにとって怖いからといって受け入れないわけにはいかない。

先生は「でも、本人は元気なんですよ」って言ってくれるけど、

口元に母乳を染み込ませた綿棒に、この前みたいに反応することもなく眠っている。

気持ちよく熟睡しているのか、

きつくて眠っているだけなのか・・・

一体どっちなんだろう。

12月27日(生42日目) 体重522g ミルク7.5ml

再度、輸血。少しほっぺたがピンク色になっている。

ちょっぴり安心・・・・。

クリスマスプレゼント

06122413dscf1012 12月24日(生39日目) 体重502g ミルク 6.5ml

にいたんは佐賀にお泊りするというので、パパと二人でゆっくりとあやたんに面会。パパが準備したクリスマスプレゼントはシルバニアファミリーの小さなうさぎの赤ちゃん。ちゃんとちっちゃな哺乳瓶を持っている、なんとも愛らしい。保育器の中から見ることはできないだろうけど、看護婦さんがあやたんの近くに置いてくれた。これで、面会の時間じゃないときも寂しくないよね。

12月25日(生40日目) 体重489g ミルク 7ml

やぱり、簡単には体重は増えない。でも減るということは、ちゃんとおしっこが出てるということで、それはそれで嬉しい。なんだか複雑・・・・。

うつぶせに寝ているあやたんの背中を手のひらですっぽりと包み込むように、あやたんの腎臓さん、ちゃんと働いてね。

ステロイド剤は急にやめると反動があるので、量は徐々にしか減らせないのだそうだ。

上の子を連れての面会は・・・

12月23日(生38日目) 体重489g ミルク6ml

冬休みになったので、平日の面会はママとにいたん二人で行く。でも、にいたんは、中に入れないので、モニター室で一人待たなければならない。

ちょっとママは心配だったけど、約30分の面会時間をとても良い子に過ごしていたようだ。何故かとてもニコニコ。

理由その1 

看護婦さんが、あやたんのモニターを映し出すためにモニター室に行くのだが、その時の受け答えがハキハキしていると褒められたらしい。(というよりきれいなお姉さんが好き??)

理由その2

同じようにモニター面会に来ているほかの赤ちゃんのおばあちゃんと仲良くなった。そして一人でおりこうだね、と褒められたのが嬉しい。

理由その3

モニター室にいたちょっと小さなお友達と仲良くなって遊んだ。(きっとおもちゃが気に入った?)

こういうことで冬休みの間、ママと二人で行く面会は、毎回、はりきって「僕、ひとりでいるから大丈夫!行ってらっしゃい」と送り出してくれる。

そして、面会が終わるとしっかり扉の所で待っている。にいたん曰く、ママの手が保育器カバーをかけると、おしまいと分かるから帰るを準備するのだそうだ。なるほど。

こうやって、ママはにいたんのおかげで安心してあやたんに会いに行くことができたし、他のお母さんやおばあちゃんとお話しするきっかけができた。なんとも頼もしいにいたんだ。

でも、実際、もっと小さなお兄ちゃん、お姉ちゃんを持つお母さんは面会ひとつとっても大変。上の子を見てくれる人がいればいいけれど、それが叶わない人もいる。

長い間ママが入院して寂しかったせいか、お母さんから離れられないお兄ちゃんがいた。お父さんもおばあちゃんも絶対ダメで、そのお母さんはいつも母乳を預けるだけで帰ってしまう。なんとも辛い現実。

にいたん、初めてのさよなら

12月22日(生37日目) 体重487g ミルク4ml 

にいたんの幼稚園の終了式。つまり、今まで通った幼稚園、最後の日だ。3歳になった9月からこの幼稚園に通って2年3ヶ月、いろんなことを体験した。

特に同じ託児所から通うお友達は、みんな1歳から一緒に育った兄弟のようなもの。教室の中で、みんなの前でご挨拶している様子が伝わってくる。特に今の担任の先生は、1歳になったばかりのにいたんを託児所で担当した先生。先生たちみんなが涙目になっている。にいたんが、みんなに可愛がってもらってたというのが伝わってくる。

お別れのプレゼントは、なんと幼稚園に通い始めた時から今までのいろんな行事と先生のコメントをいっぱい織り交ぜた写真集、最後はクラスのみんなが書いてくれたにいたんの似顔絵が綴じてある。

涙のお友達と先生に囲まれたにいたんを見ていると、ママまで涙が出てきてしまった。

にいたんの大好きだった幼稚園の近くのスパゲティ屋さん(動物の風船をくれるから)にもう連れてきてあげることができないと思い、ランチは二人でそこに行くことにした。

さぁ、今度はあやたんが待ってるよ。にいたんとふたりで病院に向かった。

365歩のマーチ♪♪が頭をグルグル・・・

12月17日(生32日目) 体重438g ミルク2ml

12月18日(生33日目) 体重473g ミルク4ml

12月19日(生34日目) 体重504g ミルク4ml

12月20日(生55日目) 体重546g ミルクお休み

12月21日(生56日目) 体重494g ミルク2ml

この時期、ママの頭の中では、ずーっと「365歩のマーチ」の

「♪1日1歩、3日で3歩、3歩進んで2歩さがる♪」の部分だけが、くるくると壊れたレコード(古い??)のように鳴り続けている・・・。

この365歩のマーチの状態はまだまだつづく・・・・

増えそうで増えない体重・・・増えたと思ったらまたオシッコが出てないのかと怖い・・・。

でも、少しずつでもちゃんと成長してるんだよね。

副腎機能が低下

12月16日(生31日目)体重516g ミルク お休み

副腎機能が低下し、おしっこが出ていないと、面会に行くなり先生に言われた。体重が増えていたのは、体の中からおしっこが出ずにいたから。

ステロイド剤を投与しているとのこと。子供の頃、アトピー持ちだったママはステロイドという言葉に「強い副作用は??」と過敏に反応してしまった。

すぐに効果が出て、長期投与にならないこと、副作用が出ませんように・・・。

誕生から1ヶ月・・・年賀状

12月15日(生30日)体重483g ミルク5ml

あやたん誕生から1ヶ月がたった。

どう表現してよいのかわからない・・・。「無我夢中」という言葉がふさわしいのかもしれない。パパも、にいたんも、ばぁちゃんも、みんな必死の1ヶ月。

写真館に頼んでいた年賀状ができた。にいたんの七五三で家族3人正装で撮った写真。その3日後にあやたんは産まれた。ママの顔はやっぱりむくんでいる。

あやたんがいないのは可愛そうなので、なるべく他の人が見ても不安にならない写真を選んで、家でプリントした。1cm×1cmほどの小さな写真を1枚ずつ貼り付けていった。

でも、心の奥底に潜む弱気なママが頭をもたげ始めていた。

「あやたんの命はまだなにがあるかわからない・・・」

パパの「大丈夫、ぼくたちの子だ。」の言葉にはっとした。

ママはあやたんの生命力を信じるよ。

絶対に絶対に・・・。だって、あやたんはママの子だもの。

ほっとひと安心・・・水頭症

12月14日(生29日目)体重469g ミルク5ml

体重がぐっと増えてきた。減ってしまった体重もようやく元に戻った。

先生から「水頭症のほうもなんとか進行していないようだ。今週から来週にかけてこのまま乗り切ればもう心配はない」と・・・。

ママはとにかくほっとした。

ただ、ミルクが5mlまで増え、胃に残るようなので、明日からトントン拍子にはミルクは増やせないねとのこと。

いいよ、いいよ。ゆっくりでいいよ。

水頭症になったら・・・

12月22日(生26日目) 体重450g ミルク4ml

主治医の先生から「少し頭囲が大きくなっているかな」と言われてしまった。まだはっきりしたことは言えないけれど、との前置きはあったものの「もし水がたまってきているようなら、髄液を抜かなくてはいけない」という言葉ばかりが頭にこびりついてしまった。

絶対に絶対、脳に障害だけは残さないで!!

頭の中が「水頭症」でいっぱいになってしまった。

ママの事件の波紋??

12月10日(生25日目) 体重446g ミルク3.6ml

お歳暮を頼みに久しぶりにお店にいった。

歳末商戦の真っ只中の天神。カウンターの向こうにいた自分がこっち側にいるのがなんだか不思議な感覚だ。だってここは、ママの職場なのだから・・(⇒06.11.21を)

店内を歩いていると、あちこちから声がかかる。「大丈夫?」から「今日はなんの取材?」まで様々。事件を知っている人もいれば、まだ知らない人もいる・・・。

7階のお歳暮の会場で、食品担当の部長とばったりお会いした。「なんだかあんまり無理なこと頼めなくなってね・・・」とは、部下である託児所仲間のこと。年齢はママのひとつ上で、二人目の妊娠、、出産予定は4月下旬・・・ママの本来の出産予定日の1ヶ月後と似ているところが多いから。他部門も含め3、4、5月と2、3人目の出産予定者が続いている。責任感が強く、残業だってなんだって厭わない人ばかり・・・。ママの事件で各部門の部長たちはちょっと「妊婦は恐々」といった感じだろうか??

さて、あやたんはというと・・・

足を元気にバタバタを動かして、何度も何度も足についたセンサーを外してしまい、モニターをピーピーと鳴らしている。その度に、看護婦さんが飛んできて「あやたんったら、何回目~?」と笑って付け直してくれる。

じっとしていられない性格はママ譲りなのかもしれない。

病院からの電話は心臓に悪い

12月8日(生23日目) 体重446g ミルク3ml×8

自宅に、主治医の先生から直接の電話。心臓が一瞬止まりそうになった。

面会に行けない前日に、電話であやたんの様子を聞いたとき、ミルクを吐いたりしていたので、水頭症の検査をしたという話を主治医と話したばかりだったからだ。特に問題なし、と言われたのに一体何が・・・??

「母乳のストックがなくなったので、他のお母さんの母乳で明日まで過ごしてもいいですか?」

「えっ?あ、はい。かまいません。」

一気に力が抜けた。

2日間面会に行けない分を計算して母乳を持っていったつもりだが、飲む量が増えていることと、ママの母乳の出が悪く追いついていない・・・。

翌朝一番に持って行くことも考えたが、にいたんが「いいよ」って言ってくれたのですぐ出発した。

20時前に病院に到着。母乳を預けて帰るつもりだったが、看護師さんが「会っていきませんか?」と。

一日、会わなかっただけなのに、なんだかずいぶんしっかりしたように思える。

にいたんは、帰り支度をしていた主治医の先生と、おしゃべりしながらモニター室で待っていてくれた。先生と何を話していたのか分からないけど、なんだか嬉しそうな表情をしていた。

実はこの晩、にいたんはおねしょをした。オムツが取れてそれまで2回しかしたことのないおねしょを・・・。にいたんは、にいたんなりに必死に頑張ってくれている。生活の劇的な変化、もう少しでお別れしないといけないお友達、そしてなによりもあやたんに会えない不満と不安・・・。

ちょっぴり恥ずかしいお買い物・・・あやたんの紙オムツ?

12月6日(生21日目) 体重431g ミルク3ml×8

数日ごとにあやたんのオムツを買いにドラッグストアに行かなければいけない。7、8日は病院の都合で面会に行くことができないので、少し多めに持っていく。

さて、なぜあやたんのオムツを買いに行くのが恥ずかしいのか・・・。

いくらなんでも体重500gもない赤ちゃんに、市販の新生児のオムツは大きすぎる。そこで、女性用の尿ケア用ライナー(微量用)をオムツとして使うのだ。決して生理用ではいけない。オシッコを吸収させるためだから・・・。

ということで、数日に1回この尿失禁用のライナーを大量にまとめ買いするのだ。買い物カゴいっぱいに・・・。ママは「こんなに使うほど尿漏れなんかしてないぞ。・・・これは、未熟児の赤ちゃんの代用品で・・・」などと、ひとり心の中でブツブツ言いながら毎回レジへ持っていくのだ。

ところで、あやたんがオムツをするといっても、このライナーを体の下に敷いているだけなのだけど・・・。

保育器のカバー

12月4日(生19日目) 体重 434g ミルク2.5ml×8

毎日、確実に0.5mlずつミルクの量が増えている。きちんと内臓が対応して消化できているようだ。あやたん、すごいぞ。

足の点滴も取ってもらえ、また少し身軽になってよかった。

『ガラスのお腹』の中で書かれていた保育器のカバーのことを看護師さんに聞いてみた。あやたんの保育器の上には病院のバスタオルがかけられている。病室の光からのストレスを減らすには不十分すぎる気がする。持ち込むことが可能なら、ママも本に書かれていたように自分で作ってあげたかったからだ。

早速、看護婦さんはメジャーを持って来て、保育器のサイズを測ってくれた。

12月5日(生20日目) 体重428g ミルク 3ml×8

決してお裁縫は得意ではない。ピンク色のうさぎ柄、裏に遮光性のある黒い布を張り合わせ、縁取りに、レースをあしらってみた。あやたんは、女の子なんだから、思いっきり可愛くしてあげたかった。

午後の面会のときに持っていった。

カバーを出すと看護婦たちが一斉に「可愛い!!」と好評。

本来ならばまだ暗いお腹の中にいるこの時期。少しでもお腹の状態に近づいただろうか・・・。ほどよく保育器の中は暗くなった。

んん??!!

右目も開いた!!黒くてつぶらな可愛い瞳がはっきり見えた。

「寝る子は育つ」だ。安心して眠って、たくさん飲んで、大きくな~れ。

医学的数値を目の前にして・・・

12月2日(生17日目) 体重測定お休み ミルク1.5ml×8回

土曜日なのでパパとにいたんと初めて三人だけで九大に向かった。もちろんにいたんは、NICUの中に入れないので、ママとモニター室であやたんに面会。

パパはドキドキしながら、初めて保育器の中に手を入れ、あやたんに触った。嬉しさよりも怖かったというのがパパの感想。無骨な大きなパパの手のひら。大きく広げたら、それだけであやたんの体はすっぽりと隠れてしまうほど・・・。

面会後、数日前から気になっていた病院の前の医学専門書店に立ち寄ってみた。購入したのは、『改定3版 超低出生体重児 新しい管理指針』(メディカルビュー社)。専門書だ。素人のママが1回読んだぐらいでは簡単には理解できない。

それでも、読んだ。とにかく読んだ。

そこにはこう書かれていた。

「・・・現在でも24週未満500g未満の児の生存は例外的であることを知らなければならず・・・」

「・・・生物学的、医学的観点から生育限界は400~500g、22~23週の間であろう・・・」

あやたんは23週、452g・・・限界値なのか・・・。

在胎週数別、出生体重別の死亡率、生存率、その他様々なデータがのっている・・・。

23週 生存率43%

400~499g 死亡率50.0%

・・・どうしてもこの数値が頭から離れなくなった。

現実は甘くないんだ。

でも楽天的なママはひとつ気が付いた。

それはデータが1990~2000年の集計ということ・・・。

そして、けっして生存率0(ゼロ)とは書かれていないということ。

つまり、けっしてあきらめる必要はないということ。

今は2006年。医学は5年、10年で飛躍的な進歩を遂げる時代だ。実際の生存率はきっと、本当は、もっといいはずだ!!

でも、やっぱり、毎日のようにそのページを繰り返していた。

目が開いた!!

12月1日 (生16日) 体重測定お休み ミルク1ml×8回

あやたんの左目が開いた!!

一瞬だったけどたしかに、開いた!

目が開くまであと2、3週間後だろうね、と担当の先生と昨日、話したばかりなので、なおさら驚きだ。昨夜、先生は巡回中に一瞬開いたのを見て、きっと気のせいだと思ったらしいけれど、ママの声に「気のせいじゃなかったんですね」と。

今日は、これから人工呼吸器のチューブをひとつ大きいサイズに変えるのだそうだ。今のサイズのままだと、声がもれてしまって完全に酸素が取れこめず肺に負担がかかるからだそうだ。つまり、昨日、かすかなあやたんの声を聞いたけど、それは決して良いことではなく、これからまた当分の間、声を聞くことができなくなってしまうということ・・・。ちょっぴり残念だけど、あやたんのためには我慢。

もう少しあやたんに触っていたかったけど、なんだかウンチがすっきり出ずに気持ち悪いのか、とても迷惑そうな顔をされてしまったので、早々に保育器から手を出してしまった。

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »